宿屋の店主、日々のつぶやき。

旅好きが高じて宿を開業、自由な時間を求めて今日ももがいております。

ブエノスアイレス。ボカの試合を観戦する。




 アルゼンチンに来たのなら!
 やはりサッカーを観ないとね。
 ボカジュニアーズの試合は半ばあきらめかけていたのだが、上野山荘別館オーナーさん、伊都子さんが知り合い伝いに、リーグ最終節、しかも優勝のかかった試合のチケットを確保してくれた。
 値段は正規で買うのと比べてかなり高く、45ドルほどしてしまったが、ボカの試合は当日券すら販売されず、しかも観光客とみるとダフ屋は偽チケットばかりつかませるということで超有名だ。高くはない。
 
 意気揚々とイースター仲間のT君とボカ地区へ。
 すでにバスの中から応援歌を歌い始めている。
 南米で最も熱狂的らしいこのチーム。
 大学時代、サッカー部のキャプテンだった男がボカの試合を観にいって、帰ってきたときにこう言っていた。
 「備え付けのイスが飛んできた。」
 それぐらいヤバイというのだ。ああ楽しみ。
 
 スタジアムに着き、しばらくその辺をうろついてみる。
 ガ、、、ガラが悪そうぅ、、。半裸にタトゥー、顔には何かの切り傷、片手にはマリファナという、あんたらヤクザやないの?という人間のオンパレードなのである。
 そんな輩さん達から「オラー!(こんにちは)」って挨拶されても、違う意味にしかとれない。

 T君と恐る恐る入場口へ行く。
 が、係りのおっさんは見当違いの方向を指差し、あっちへ並べという。
 見るとスタジアムを囲むように、長蛇の列が出来ているではないか。
 そしてあたりには厳戒態勢のお馬に乗った警察官。
 ファミリーで楽しくサッカー観戦、、、とは程遠いその雰囲気。先日もボカのサポーターとどこぞのサポーターが街中で発砲、殺人の騒ぎがあったらしい。やりすぎやりすぎ。

 50分並んでたどり着いた小さな入場ゲートは戦争状態。押し合いへし合いでゲートへ向かう。
 ゲートは自動改札のようになっており、入場券をそこへ通して入場する。
 目の前のアルゼンチン人3人がゲートで追い返された。どうやら偽物のチケットを持っていた模様。あらあら残念やね、なんて思っていると、相方のT君のチケットがどうやっても通らない。
 係員は「帰れ。」の一言。ゲート内からは怪しい兄ちゃんが
 「俺に100ペソ(3500円くらい)払えば入れてやる。」
 と、怪しさ全快でささやいている。
 チケットは、通し番号を見ても、おそらく本物と思われるが、機械トラブルのようだ。
 そうしているうちにも後ろからは津波のように人が押し寄せてくる。
 その混乱に乗じてT君はゲートを突破した。
 日本に帰ればIT戦士のT君。文系とは思えぬ身のこなしと逃げっぷりである。

 ゲートをくぐってからがまた大変で、人が多すぎ観客席までたどり着けない。
 裏通路では太鼓やラッパが吹き鳴らされ、みなボカの応援歌を高らかに歌っている。
 凄まじい人の数だ。よく聞く山手線のラッシュのように、人に挟まれ体が浮く。
 そしてポケットには無数の手が伸びてくる。ドサクサ紛れに無理やりポケットに手を突っ込んでくるとは、さすがチンピラな連中である。

 人ごみを掻き分けてゴール裏のサポーター席にスペースを見つけた。立見席で座ることは出来ない。ここは最も熱狂的なスタジアムの、最も熱狂的な場所である。すでにマリファナの煙で辺りが少し白い。
 アジア人が珍しいのか、みなからの視線が刺さる。
 
 と、観客が大いにどよめいた。
 後に知ったことだが、どうやらマラドーナがスタジアムに来ていたのだそうだ。
 マラドーナ!サッカーの神さん的な存在ではないか!
  
 歌を歌い続け、興奮が頂点に達し、選手入場。巨大なボカの旗がゴール裏を覆う。
 舞う紙ふぶき、発炎筒、爆竹。そして大歓声。

 試合が始まった。
 すぐ隣では上半身裸の兄ちゃんが旗を握り、がらがら声で歌っている。
 
 アルゼンチンのサッカーはメチャクチャ面白い。
 ボールを持つ。前を向く。前の選手とまず1対1で勝負する。
 そういった局面の戦いが随所で繰り広げられる。
 日本でサッカーをしていると、監督に怒られるであろうセルフィシュな場面が多々見られる。日本ではリスクを嫌う。まずはパスコースを探せ、もしくはパスもらい易いように動け、という指示を飛ばされる。ボールを取られてゴールを決められたらどうするんだ、という考えかたなのだ。
 アルゼンチンサッカーは闘牛のようにドリブルで勝負を仕掛けてゆく。それが時としてたまらなく華麗で、魅せてくれる。
 まず勝負、というところに、日本のサッカー文化との違いを感じた。

 ボールがポストを叩くと、「ウーーッ!!」という重い歓声が沸きあがる。
 そんな中、ホームのボカが先制点。
 決まった瞬間、天地がひっくり返るほどスタジアムがゆれた。
 すべての喜びがこの瞬間に凝縮されている。
 振り上げ、突き上げられるコブシ。
 ゴールした者の名前をコールする最高の瞬間。
 リケルメという選手はフラフラとピッチをうろついているが、ボールが入った瞬間、蝶のように舞って、決定的な仕事をこなす。
 この選手にメロリンキューだ。

 前半だけでボカ3つ、相手チーム1つの4つのゴールが生まれた。
 俺の声はすでにガラガラだ。
 後半は相手チームの攻勢にあい。結局3ー2でボカが逃げ切った。
 試合終了後、混乱と相手チームサポーターとの喧嘩を避けるため、軽い軟禁状態になり、1時間後ようやくスタジアムから抜け出した。
 結局ボカのほかに勝ち点で2チームが並び、3チームにより後日プレーオフが行われることになった。
 
 人の少なくなったスタジアムで、なぜこんなにサッカーで熱狂的になれるのか、漠然と思っていた。
 国民性なのか、歴史なのか、、、。
 南米サッカーは熱気と不思議に満ちている。なんかのCMでやっていたけど、確かに南米のサッカーは、スポーツを超えているかもしれない。