宿屋の店主、日々のつぶやき。

旅好きが高じて宿を開業、自由な時間を求めて今日ももがいております。

ペルセポリス大遺跡。

中東には3Pで略される遺跡がございます。

ヨルダンのぺトラ。シリアのパルミラ。そしてイランのペルセポリス

今回イランを訪れたことで、幸運なことにこの3つを制覇することができました。

テヘランから南下すること900キロのシーラーズという街からさらに50キロほど北東。ローカルバスとタクシーを乗り継いで行くと、砂漠と岩の景色の中にペルセポリスは現れます。

ダリウス(ダレイオス)一世が紀元前522年に着工。工事は3代60年に渡ったらしい。

このアケメネス朝ペルシア帝国を築いた。このペルシア帝国はいまでもイラン人たちの誇りのようで、古代文明の発祥、ペルシア文字の発明など、どことなく一緒にしがちなアラブ圏とは一線を画している感じがします。

ペルセポリスまでの道はやけに整備されていて、並木道になっています。

入場料はガイドブックには60000リエル(6ドル)になっていたのに、6000リエル(0.6ドル)に値下げ。

何でも外国人料金が撤廃されつつあるのだとか。他の観光施設の入場料も軒並み値下げ。地元の人と同じ価格設定になっていて旅行者には嬉しい限りです。

2009+550_convert_20090907140141.jpg

入り口を入るとまず目の前に牡牛像がお出迎え。

顔の部分は偶像崇拝を嫌うイスラム教徒によって破壊されているようです。

最も迫力を感じるのが百柱の間。

2009+568_convert_20090907140431.jpg

10本10列、計100本の柱があったらしい場所。この柱が巨大な屋根を支えていた。想像すると物凄いでかさ。

ダリウス1世の子、クセルクセスの謁見の場だったらしいです。

ペルセポリスは紀元前330年、マケドニアの王で広大な版図を築いたアレクサンドロスアレキサンダー)大王によって陥落。

ある夜、宴会が催されている時に、この百柱の間のどこからか火の手が上がり、ペルセポリスは全て燃えてしまったのだとか。

階段や壁にはレリーフがきれいな形で残されていています。テヘランの博物館へ持ってかれたのも多いみたいですが、、、。

2009+571_convert_20090907140623.jpg

全体的には修復がしっかりなされていて、周りやすい遺跡です。

しかし遺跡のど真ん中になんか野外コンサート会場みたいなのだとか、大きなテント屋根があったりとか、もう少し古代をイメージしやすいような修復をすすめてもらいたいなあと感じました。勝手な意見ですが。

2009+592_convert_20090907141012.jpg

3Pの中では、1番ぺトラ(ヨルダン)、2番パルミラ(シリア)、3番ペルセポリス(イラン)、、、でしょうか。

とはいえ、ここまでしっかりとしたレリーフを見られるのはペルセポリスだけだし、時代の古さも一番なので、そう考えると面白いですが。

なんにしてもまあ、暑すぎです。