宿屋の店主、日々のつぶやき。

旅好きが高じて宿を開業、自由な時間を求めて今日ももがいております。

サンタクララ。ゲバラの町。




 宿で数日共にした、モトシとダイスケとしばし離れ、ハバナから南東部250キロほど離れたところにある、サンタクララへ移動。
 
 ここはチェ・ゲバラの霊廟がある。
 以外に特になーーーんにもないような所だったが。

 雨季のためか空もどんよりしていて、なんだか気分が晴れない。
 バス停にたむろしていた客引きの男に連れられた民宿は、とんでもなく豪華な一軒家の一室だった。
 
 当初の話では20セウセだったのが、実は25セウセ。
 家の主に文句を言うも、客引きが勝手に言ったことだ、と少々もめたが、最終的には笑顔で20セウセ(2000円)ということになった。

 それでも結構な値段だが、泊まった部屋の豪華さは、50セウセの価値はあったのではないだろうかと思えてくるほどだった。
 綺麗で馬鹿でかいベッド、エアコン、テレビ、美しいユニットバス。
 そしてオーナーはホアキナさんと同じく白人の中年女性だった。
 
 社会主義国キューバでも、格差は歴然とある。
 白人系の人民は明らかに金持ちだ。
 今にも崩れそうな家々に住んでいるのは黒人系の人々だ。
 
 この家の中庭には、インコみたいなのが数羽放し飼いで飼われ、熱帯魚の水槽がいかつくハバを利かせていた。

 町を歩く。
 ハバナ以上にレトロなところだ。
 コロニアル風の低い石造りの建物でいっぱい。
 スクラップ寸前のクラシックカーが走り、人を満載した馬車が走ってゆく。
 公園では陽気なおじいさんが声をかけてくる。
 
 ゲバラの霊廟は町外れにあった。
 小高い丘の上に黒いゲバラの像が建ってた。
 式典でも行われたのか、ゲバラの像の前には広いスペースがあり、警備兵がうろついている。
 
 ここに、ゲバラが眠っていた。
 ゲリラ闘争に戻り、ボリビアではかなくも散った後、遺体のありかははっきりとしていなかった。
 それがキューバボリビアの共同捜索でボリビアの片田舎の空港跡から発見され、キューバへ返還。
 サンタクララの地で葬られた。
 
 本やドキュメンタリーなどで見ていたところに自分もいた。
 「象徴化されたゲバラ」には、なんだか違和感は覚えるのだけれど、そこまで世界中の人たちに彼を象徴化させるものが、彼にはあったのだろう。
 
 何もないがらんとした家々の窓から、壁に描かれたゲバラの顔が見える。
 バス停には大きくゲバラの顔が描かれている。

 その風景からは、同じ肖像画掲げるのでも、どっかの国の「将軍様」とはどこか違う印象を受けた。