宿屋の店主、日々のつぶやき。

旅好きが高じて宿を開業、自由な時間を求めて今日ももがいております。

マチュピチュ。

 さて、肝心のマチュピチュなのだ。
 われら日本人グループ5人は朝の5時起きで、遺跡行のバス停に並んだ。
 一番乗りだと思ったのもつかの間、あれよあれよと長蛇の列ができる。
 
 なぜみんなこんなに朝早くから行くのかというと、ひとつは人が少ないうちに雰囲気を味わっておきたい、ひとつはマチュピチュを見下ろすことができる向かいの山、ワイナピチュに登るためである。

 ワイナピチュには入山制限があって、悠長にしているとあっという間に定員になってしまうのだ。
 
 マチュピチュ村からバスで20分ほど山を登り続ける。
 すると遺跡の入り口へ到着する。
 トレッキングがてら歩きでマチュピチュへ行っている人も多く、すでに入口には人だかりができていた。
 入場と同時に、みな一直線に遺跡の奥にあるワイナピチュの入口へ殺到した。
 ワイナピチュ登山は午前と午後に分かれている。
 午後に登る人は整理券を受け取らなければならない。
 俺ら5人は列に並び、それぞれ整理券をもらった。
 
 それから早朝のマチュピチュをじっくり見て回った。
 まだ朝早いせいもあって、一面に霧が立ち込めている。
 その中から時折段々畑が見えたり、草を食んでいるアルパカが見えたりする。
 石壁の隙間には野兎がいて、甲高い鳴き声の黒い鳥ががれきの頂上で羽を休めたりしている。
 
 少し小高い所に登ると、遺跡全体が見渡せる。
 よくパンフレットなんかにも載っている景色だと気づく。
 立ち込めていた霧は、山々と遺跡の間を滑るように上昇して消えていく。

 すると、5分前とは全く違う景色が広がるのだ。
 青空が見えてマチュピチュを色付かせ、青々とした芝の上には見事な住居跡が姿を現す。
 マチュピチュは山の頂上を削り取るように遺跡が築かれていて、周りは深い谷になっている。
 昨日歩いていたのはその谷の底にある線路沿いだった。
 
 よくもまあこんな所に小都市を造ったものだと思う。
 そりゃあ侵略者だったピサロも発見できまい。
 
 1月というのは、このあたりは雨期なのである。
 当然出あう旅人みな、マチュピチュは雨だった、と聞いていたし、自分自身ボリビアからは雨にやられっぱなしだった。
 しかし、今回パーティーの一員であるトモキ君は、絶対的な晴れ男だった。
「大丈夫っす。絶対晴れます。」
 という彼の宣言通り、晴れた。
 しかもともに行動した3日間すべて晴れで、彼と離れたとたんまた雨が降ってきた。
 たいした高気圧男であった。

 午後を待って、ワイナピチュにも登った。
 これはかなりハードだった。
 中国の仙人が修行してそうなこんもり急角度でそそりあがった山を急な階段で登って行くのである。
 毎年何人か足を滑らして落ちるらしい。
 登ってみるとその理由がわかった。
 ほとんど階段とも言えないようなところにロープのみ垂れ下がっている。
 リポビタンA状態である。
 そんな所をゆくわけだから、落ちるのもいたしかたない。
 
 しかし登りきった時の爽快感とマチュピチュを見下ろす絶景は素晴らしかった。
 激しい筋肉痛はのちに襲ってきたが。
 結局アルパカと遊んだりしていると、早朝来たにも関わらず、夕方まで遊んでしまった。
 
 帰りは下りのみだし、いっちょ歩いてやるかと張り切ってしまい、しかもトモキ君と「グッバイボーイ」をやるはめになってしまった。

 これは、地元の子供が観光客あいてにやっている遊びで、マチュピチュの頂上からバスが村へ向かう。
車は大きく蛇行しながらゆっくりと山をくだってゆくのだが、徒歩で山を下る場合は階段を一直線に降りるのみである。
 そこで、バスに先んじて、バイバイと手を振り、バスを見送った後、猛ダッシュで階段を下り、道路でバスを待ちかまえ、バイバイしてまたダッシュで階段を駆け下り、またバスを待ちかまえ、、、、。
 というやつなのだ。

 自分はこんな体力使うことやりたくなかったのだが、出口でバスが出発した刹那、トモキ君は走り出し、つられて俺も走ってしまった。
 バスを3度迎えたころ、このおバカ日本人2人を見つけると、車内は大いに盛り上がっていたという。
 2日後に強烈な筋肉痛を伴って。

 なんにせよ、「僕の遺跡ランキング」において、アンコールワットを抜いた。
 霧から天空の遺跡が浮かび上がってくるところなんか、カッコよすぎた。映画みたいだった。
 しかもみんなで行って楽しかった、晴れだった、ってのも大きな要因。
 なんせアンコールでは「セルフタイマー自分撮り」を団体日本人観光客に目撃されるという悲劇もあったものですから、、、、。
  
 あ~~。マチュピチュ、よかった。