クラクフ。アウシュビッツをまわってみる。
ポーランドのクラクフに来た。
アウシュビッツ収容所跡を見るのが目的だった。
そこは20世紀最大級の負の遺産。第二次世界大戦中、ユダヤ人をはじめ、150万人もの人々がナチスドイツによって虐殺された。
現在ではこの収容所跡は博物館として公開されている。
ハンガリーのブダペストで列車を乗り換え、スロバキアを越えてポーランドへ入国した。
車中パスポートチェックが一度あっただけで、いつ国境を越えたのかさえわからなかった。
クラクフは大戦時、ドイツ軍の拠点になっていたこともあり、古い町並みが破壊されず残っていて、その町並みは世界遺産に登録されている。
夜の帳が下りて町の気温はぐっと下がり、吐息は白くなる。
霧のかかった町並みの中にうっすらと大きな教会が浮かんでいる。
そこを馬車が軽快な音を立てて駆けてゆき、中世に時間をぶっ飛ばされたような錯覚を受ける。
世界遺産にふさわしい風景だった。
アウシュビッツはクラクフの西方約50キロに今もその姿をとどめている。
落ち着いた田園風景の中に、溶け込むようにそこはある。
鉄条網で囲われたなかにレンガ造りの棟が20程建っている。
当時の惨事を伝える博物館になっており、凄惨な死体のパネルや、収容者の生活を展示してある。
絞首刑にあった人の吊るされていた鉄棒があり、無数の死体から剥ぎ取られた髪の毛を敷き詰めた部屋。
髪の毛はマットレスや布地として加工された。
人間の灰は飼料として使われた。
金歯は延べ棒にされた。
毒の降るシャワー死のシャワー室。
ひっきりなしに稼動していたであろう焼却炉。
地下にある息が詰まりそうな拷問室や牢獄。
人々が銃殺された死の壁。そこには大量の花が献花され、数本のロウソクが火をともしていた。壁を背に眺めてみると、きれいな空が見えた。脱衣所で服を脱がされ、そこへ引きずり出され、銃殺される瞬間、青空は目に入ったのだろうか。最期になにを思ったのだろうか。
収容所に引き込まれてゆく列車の中で、何を思ったのだろうか。
動物の中で最も知能を持った人間は、人殺しに頭を働かせると信じがたいような事を起こすらしい。
現在でも、あちこちで虐殺、殺人は日常的に起きている。
日本に目を向けてみれば、誰でもよかった、なんていう殺人がしばしば起こっている。
霊感なんてないはずなのに、頭がくらくらして、吐き気を催した。
アウシュビッツから離れても、地下室の湿ったカビの臭いが胸から抜けなかった。